飯豊 晩夏
96年の秋にあるところに up したものです。

午後遅い空の色を溶かして青白い雪渓を背に
その色に引きずりこまれそうだなリンドウたちよ
愉快そうに揺れてるマツムシソウよ
禿頭を突き出して怒っているトリカブトたちよ
紫の群よ取り囲んで人を狂わさないでおくれ
引き千切ったリンドウを口にしてその苦さに正気に戻ろうか

暗い青空を見ながら想う
あの若者はこんな切ない光景を見たことがあったろうか
黴で肺を一杯にして、頭から血を溢れさせて、
コポコポ言わせられながら見えない目で貴方は何を見ていたのだろうか
母の乳房のほかには、温かき肌に触れぬまま逝った我が幼き友人よ

嗚呼、ひどく寒い
斜面に厚く残った雪は青ざめて暗く冷たく
雪解水がごうごう、ごうごうと岩と雪のどこかへ静かに落ちてゆく
雪のうえを吹き渡る風は、ひゅうひゅうと私を凍えさせて行く
さあ急ごう、だが何処へ

湯気の向こうの月面にいるかな若い君に向かって言おう
人の命は短いんだ
まあ、聞いてくれと湯の中のボクは君にのんびりと話したい
こんなに短い命もあるんだよ
訳知り顔であまりに陳腐だわと嫌な顔をしないでくれたまえ
そして命を燃やせよと

稜線近くの、そこだけ風が当らない日だまりに
小さな小さなほんとに小さな真っ赤な苺がわずかに10粒
口に含むと懐かしい
ルビーのようなウスノキの実
目を凝らして1日探しても数十しか採れやしない
スノキの紫の実がたったのふたつ
アカモノの赤い赤い実よ
ほんの少しの黄苺だけが色違い
一握りの実生が集まったらば
美しい君にこの滴で作った酒でも贈ろうか