浅間山

大分前の出稿です。

□ 浅間山
4月上旬の浅間山に登った。

独立峰が春に荒れると危ないという経験則を思い知らされた。冬富士なぞは気温がマイナス30度,風速30mにもなり一二本爪のアイゼンを履いてダブルアックスで登るようなところでは時々プロのクライマーも滑落して死ぬ。下から見るとそう危険には見えない春山もそれに準ずる時がある。gwによく遭難死のニュースが流れるでしょう。
まあ,冬富士をやるには私の技術では到底及ばないし,また,スリルだけを求める登山も好きではない。

浅間山は,高校生の頃,学校行事で登ったことを覚えていたが,コースは覚えがない。 それで今回,雪の季節を考えていたが,いろいろ忙しくて結局登ったのは4月に入ってからになってしまった。予め週間予報を見ていて,―2℃前後で収まるのでは考えていたが,強風も吹いていたのは予期していなかった。
粉雪が軽く舞っている中,登山口(高峰高原ビジターセンター)に着いたのは6時50分ころだった。寝坊をしたので山荘を出発したのが5時近くになってしまったのである。
誰もいない登山口の吹きさらしの駐車場がマイナス9度,風速12m超えの強風で,靴や装具をドアを開けて装着する時から震え上がった。体感気温は零下20度近いだろう。パーキングブレーキが凍り付くかと思って,ブレーキをかけずに少し傾斜があった駐車場で車のバンパーを下方側の木立に軽く当てて輪留め代わりにした。

よくあることだが登山口はどこだ々と迷ったあげく表コースを登り始めた。
それでも風がある程度遮られる樹林の間を抜けていく時はまだましだったが,背の低い疎林になるにつれ,登山道も青氷になり,疎林の中を風が強く吹き渡るようになると,あまりに寒くて,噴火時の避難小屋(鋼鉄製で両脇に壁もなく外より寒い。将に噴火時の噴石用の避難用だ)に至ったときは股引のズリ揚げに手袋を脱いで直した頃には震え上がった。スキー場の寒さなんか可愛いもんだ。ここまで酷い経験は始めてだった。指が文字通り悴んでうまく動かせない。マイナス9度くらいなら真冬の浅間高原では結構あるが,寒さに強風が加わった山を初心者向け山だろうと嘗めていた。
ザックに入れておいたペットボトルの水もこの頃にはシャーベット状になっていた。まあ,お湯を入れた魔法壜の水筒も持ってきていたが。

それでも寒くて撤退したなどと情けないことを言うわけにはいかんと思い直して浅間が見える外輪山の稜線上にある槍が鞘やトーミの頭(標高2320m)まで登った。

よくサイトに載っているのは,ここらからのお山の姿である。但し,下界の佐久平の町並みも見えてしまう少々興ざめな場所もあった。

槍が鞘からトーミの頭を見る。

↑この額の後退した際を登るのである。
日に照らされているので雪や氷は良く見えないが十分危険な程度にはあった。
どこが初心者向けなんだか。
但し,それよりは,トーミの頭から東側の下方をのぞき込んだ時だ。すごい高度感,ほぼ垂直に感ずる壁で,小石を軽く放ればそのまま百mを遙かに超えて何にもぶつからずに落ちていくという感じである。しかも足下は単に踏み固めたような土手で,この土手の下にはオレの体重を支えられる岩があるようにと切に願った。こういう高度感を味合わされる山は久しぶりだった。こういう絶壁の縁にいると人間は無意識にだんだん縁から遠ざかってしまう。
そして安全な場所でかぶりついたザックの中で潰れたジャムパンが旨かったことよ。ロマンのかけらもないな(笑)。
そこから黒斑山(2404m)に登るのはアルペンポールやピッケルがないと危険に思えたので諦めて下山した。本当は西側の林の中を行く楽なコースもあるようだ。
下山ではうっかり上の写真のはげた箇所を無理に下ってしまい,危うい登り返しをして肝を冷やしたこともあった。先がどうなっているか見え辛いだけ下る方が難しい。それを補うのが下から登ったときの記憶だが,この能力は昔から当てにならない(笑)

古装具を一新しなかったのが問題で,古い登山服などに元々問題があったことを忘れていた。頭には耳まで隠せる純毛のニット帽,上半身は純毛の長袖下着(新品),厚い純毛の登山服,厚い純毛のセーターの上にヤッケ(今は,ハードシェルと言うらしい)と,マイナス30度でも耐えられる羽毛服もザックの底にパッキングしてあり服装としては一見完璧だったが,下半身のウエアのずり下がりが問題で,新品の純毛パンツ(笑)は別にして,純毛だが直ぐずり下がる股引,ベルトが直ぐ緩む純毛のズボン,オーバーズボンも紐のベルトが短くて結び難くずり下がる。
ずり下がりの三重奏だ(笑)。大抵別々にずり下がるのでやっかいで,歩いているのか,ずり下がりを直しているかどちらが長くかかったか(苦笑)。

山では下界より遙かに何事も手早く,注意深く行動することが肝要なので山屋からするとこれは失格である。緩やかな稜線の縦走など長閑なときは少ないもので,時間の見計らいでは暗くなる前にテント場や山小屋に着けるかなどは切実だが,そうでなくても最終のバス便に間に合うかとかタクシーが呼べるうちに下山できるかとかで結構せわしないものだ。これに失敗するとツエルトを被ってビバークとか,日暮れた林道を何時間も歩かなくてはみたいなことになる。日中なら人がたくさん歩く山道でのビバークなぞは朝になると気恥ずかしいし,逆に,誰もいない山中でのビバークは怖いものだ。

前述のように登山道は分厚い青氷になっていた。一昨日までの春の暖かさで溶け始めていた雪道のあちこちにぐずぐずに緩んだ雪を深ーく踏み抜いた跡があったが,それらが前夜来の寒さで文字通りぶ厚い青氷となった上に夜間に新雪が薄く積もるという最悪の状態で,滑る雪の上に座り込んで装着したアイゼンの鉄の爪を氷に突き立てなければ登れなかった。他方,スキーストックを物置から出すのを面倒がったずぼら故,持っていたのは玄関にあった木製のただの杖では氷に滑ってほとんど使い物にならない。万一足を滑らせるとつるつるな氷なので止まらずに滑落しかねない斜面があり,気を抜けなかった。立木に体を打ちつけながらスピードを殺して下っていた極めて危なかっしい若者がいたな。

結局,中コースの下山ではインナー(群)のずり下がりを少しでも減らそうとへっぴり腰で歩きつつも重力で各ウエアが徐々にずり下がるものだから,これを寒い思いをしてズリ揚げるの果ての無い繰り返しで(笑),夏場なら三時間のところ,下山し終えたのは十二時ころになってしまい,トーミの頭まで往復で約5時間もかかってしまった。まあ,雪山なら普通のコース時間でしょうと強弁しておこう(笑)。