塩加減    料理人の旬

塩の効かせ具合については,我が邦も信長と京の料理人との対決が知られているが,
腕のよい料理人の腕の効かせどころは,塩をぎりぎりまで効かせられるかというところにある。
塩を効かせすぎれば,当然,料理は塩辛いものになって食べられなくなるし,薄ければぼやけた味にしかならない。
塩をぎりぎりまで効かせた料理は美味い。美味ければよい料理というのは健康的でないものだ(笑)。

この効かせどころが曖昧となってくると料理人の旬は終わったと判断される。
その平均は50代だろうと思われる。尤も長命を誇る例外(アラジンとか北島亭とか)もあったが。

塩の味加減が分からなくなってくると,才能のある料理人はそれが自分で分かるのである。
才能のある料理人は適切な塩加減は目分量で計っているものである。むろん料理の最後に味を確かめているが。それがある日,いつもの分量を入れたはずの塩の加減が足りないと感ずるとなまじ才能があるものだから自分の舌がぼけてきたと悟ってしまうのである。塩の効きすぎた料理は食えた物ではないからそれを恐れて少し塩加減を足りないくらいにしてしまうのである。

逆に,塩加減の目秤ができない料理人は,いつも塩は舌で確かめて料理を作る。だから舌が惚けてきて塩加減が分からぬようになると塩を加えすぎになる。それ故,だんだん料理は塩辛くなるのである。

夏休みなどの長期の山荘行きに必ず1回は訪れるレストランがあった。到着した最初の日は料理を作るのが面倒だから徒歩とか自転車で行ける店を探したのである。私が最初に訪れた頃から既にその料理人は結構なお歳であった。肉料理を売りにしていたがビーフシチューはまあ食べられる範囲にあったのでこれを注文するのが常であった。

ところがある年から突然ビーフシチューが塩辛くなった。お歳で料理長の舌が惚けたのである。それでもしばらくは通った。若い人(親戚か娘か)が料理を作るとそれなりだったから。
でもやはり持たなかった。しばらくして廃業してしまった。

名のあるレストランのシェフではこれが逆になる。
シェフがお歳を召してくると舌が惚けてくることがご本人に分かるのである。そして味が惚けた料理しかだせなくなるのである。
そうして,サイドビジネス(支店と称する店を出す,新しいシェフを採用するなどはいい方である)に走るのである(笑)。

行きつけという店ができ,長年通えば貴方にもそれが分かるようになる。
分からなければ食べ歩きはお止めなさい。その方が幸せだから(笑)。